ようこそ! 鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のブログへ

  埼玉県鴻巣市で活動する小学生のソフトテニスクラブです。ソフトテニスを通して子供たちの 健全な心と体を育てることを目的として活動しています。
 詳しくは鴻巣パンジーテニススポーツ少年団のホームページ(http://konosupansy.omegumi.com/)も参照して下さい。
 管理人は将来を担う子供たちの育成ために微力ながらも努力をしていきたいと考えております。
 

2014年9月30日火曜日

グランドストロークのフォーム(その50)


親愛なる皆様方、おはようございます。
 本日101日は『鴻巣市民の日』です。
 鴻巣市自治基本条例(平成2471日:告示第193号)によると次の様に記されております。

「鴻巣市自治基本条例」の制定を契機として、市の歴史を振り返り、愛着と誇りをもち、さらには将来を思い描く日として、鴻巣市・吹上町・川里町の12町が合併した日を「市民の日」とする。 市民の日 毎年101

そして昨日、930日ですが、実に記念すべき日なのです。鴻巣は1954年(昭和29年)930日に埼玉県下17番目の市となりました。そう! 昨日は市制60周年の日なのでした。本日、その市制施行60周年記念式典がクレア鴻巣で開催されます。


ここで鴻巣の歴史を抜粋して紹介致しましょう。

⇒古代から近世までの鴻巣市域は主に武蔵国足立郡に属し、一部の地域は埼玉郡、大里郡に属していました。日本書紀によると534年、安閑天皇より笠原直使主が武蔵国国造を任命され、埼玉郡笠原郷(現在の加須市種足から笠原、久喜市菖蒲付近)に拠点を持ったとされております。笠原から元荒川の上流10キロほど離れた埼玉郡埼玉(現在の行田市埼玉)にある埼玉古墳群は同時代の古墳であり、何の基盤の無い当地に突如として、関西地方に匹敵する中型前方後円墳が現れた事、稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣に彫られたヲワケの父の名のカサヒヨがカサハラと読める事から、笠原を本拠としたといわれる武蔵国国造の笠原氏の古墳ではないかという説があります。また、元荒川を挟んで笠原地区と正対する地域に生出塚古墳群が展開しており、生出塚、新屋敷、両支群の発掘調査により95基の古墳が確認され、未発見の古墳跡を含めると100基を越す元荒川右岸最大の古墳群と想定されます。

1591年(天正19年)より徳川家康の鴻巣での鷹狩りが頻繁に行われるようになり、1593年(文禄2年)には鴻巣砦跡に鴻巣御殿が築造されました。


1602年(慶長7年)に宿駅整備に伴い、中山道の宿場・鴻巣宿がこの地(市宿新田)に移転したのち宿場町となりました。なお、元の鴻巣宿は移設後、本(元)鴻巣を称し、本(元)宿→北本宿→北本と変化して、現在は北本市となっています。

1889年(明治22年)41 - 鴻巣宿・上生出塚村・下生出塚村が合併し、鴻巣町となりました。

1954年(昭和29年)71 - 北足立郡鴻巣町・箕田村・田間宮村・馬室村・北埼玉郡笠原村の14村が合併し、鴻巣町となりました。

1954年(昭和29年)930 - 北足立郡常光村を編入し市制施行、鴻巣市となりました。

2005年(平成17年)101 - 北足立郡吹上町・ 北埼玉郡川里町を編入しました。これにより、約8.4万人だった人口が約12万人となりました。


 
鴻巣の地名の由来ですが、下記の説があります。

⇒鴻巣の地名は古来からのもので、この地のほかに茨城県や栃木県、福岡県にも同様の地名が存在します。古来からの地名ゆえその由来は不明ですが幾つかの仮説が存在します。

⇒高台の砂地を「コウ(高)のス(洲)」と言い換えて、その言葉が由来となったと言う説があり、これは大宮台地上に位置する古来からの鴻巣郷(現在の鴻巣市南部から桶川市北東部にかけての地域)および他地域の同一地名の地域の地形的特徴と合致します。

⇒日本書紀に出てくる武蔵国造の乱で鴻巣郷に隣接する埼玉郡笠原郷を拠点としたとされる笠原直使主が朝廷から武蔵国造を任命され、一時この地が武蔵の国の国府が置かれたところ「国府の州」が「こうのす」と転じ、後に「鴻(こうのとり)伝説」から「鴻巣」の字を当てるようになったとする伝承もありますね。

また鴻巣の日本一として下記の事項が挙げられます。
 

 ⇒日本一長い水管橋(鴻巣市大芦-熊谷市小八林・全長1100.95m
 ⇒日本一高いピラミッドひな壇(31段で7.0m
 ⇒川幅日本一(鴻巣-吉見の境を流れる荒川で川幅は2537m
 ⇒1分あたりの尺玉以上の花火打上数(1分間平均約75.5発)[1]
 ⇒ポピーの栽培面積日本一(馬室地区のポピー畑は面積12.5haで東京ドーム約2.5個分)
 ⇒花(プりムラ・サルビア・マリーゴールド)の出荷量日本一(2006年度)

 
 
 
 

 
 そして鴻巣の祭事・催事には下記の様なものがあります。

⇒さくらまつり(鴻巣公園)
 ⇒吹上のさくらまつり(吹上地区元荒川)
 ⇒夏祭り(旧中山道)
 ⇒おおとりまつり(旧中山道)
 ⇒酉の市(鴻神社)
 ⇒広田のささら祭り
 ⇒鴻巣商人フェスティバル(鴻巣市役所・市役所吹上支所など)
 ⇒かわさとフェスティバル(川里農業研修センター)
 ⇒びっくり雛祭り(鴻巣市役所など)
 ⇒鴻巣フラワーフェスティバル
 ⇒ポピーハッピースクエア(荒川土手内側)
 ⇒こうのす花火大会:(荒川の河川敷)
 ⇒コスモスフェスティバル(吹上地区荒川土手)

 この中でも管理人が一番のお気に入りは鴻巣の夏祭りです。10年前管理人がスナップ写真撮影を趣味とし始めた頃に撮りました鴻巣夏祭りの写真をご披露致します。









 
 
 管理人は岩手県盛岡市生まれですが、育ちはほとんど埼玉県鴻巣市です。鴻巣にはとても強い愛着があります。人生、そう長くはないかも知れませんが鴻巣に骨を埋める覚悟でおります。この地域の発展には微力ながらも寄与したいと常日頃より思っております。

 さて本日はグランドストロークのフォーム(その50)です。記念すべき50回目となりましたが、今日は団員KU君(4年生)に登場して貰いましょう。KU君は1年生で入団しました。ソフトテニスが好きで堪らない純粋無垢で溌剌とした少年です。先日のスポ少北部地区交流大会及び中央大会では、並み居る強豪の中で第3位に入賞しまして、関東交流大会に進出しました。それでは連続写真をご覧になって下さい。

 写真1

  写真2

  写真3

  写真4

  写真5

  写真6

  写真7

  写真8

  写真9

  写真10

  写真11

  写真12

  写真13

  写真14

  写真15
 
  写真16
 
  写真17

  写真18

  写真19

 写真20
 
それではKU君のフォームを検証してみましょう。写真1の耐久姿勢は集中している様子が窺われますが、足のスタンスをもう少し広げて低い姿勢となれば尚一層良いでしょう。写真7のテイクバック(バックスィング)は超素晴らしい! 高い位置からの振出しはVery Goodですねぇ。そして次の写真8では左肩裏を相手に向ける姿勢、そしてその肩越しからボールを良く見ており、これもまたGoodですね。インパクトの直前には左右の膝が良く曲がっておりGoodです(写真14)。写真20のフィニッシュでは腰が良く回りきっており、これもGoodです。それではGifファイルでもう一度KU君のフォームをご覧になって下さい。


管理人はKU君の成長を大きく感じます。彼のフォームの長所は『天真爛漫さ』です。これからも一生懸命練習して、更に上を目指して羽ばたいていこうね!!
 
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2014年9月23日火曜日

第8回スポーツ少年団関東小学生ソフトテニス交流大会(その3)

取り急ぎ途中経過をアップしますね。画像をクリックすると大きくなって見やすくなります。








第8回スポーツ少年団関東小学生ソフトテニス交流大会(その2)

経過報告です。
鴻巣パンジーテニススポーツ少年団からは、4年生以下男子の部に於いて、深谷亮平・鵜沢公希ペアが出場しております。

【予選リーグ】
深谷亮平・鵜沢公希(埼玉鴻巣) 3-2 横田翔・松瀬大洋(茨城潮来)
深谷亮平・鵜沢公希(埼玉鴻巣) 1-3 大久保陽・倉持遥(千葉手賀沼)

予選リーグ1勝1敗の成績でした。
いろいろと学習することが出来た試合になりました。今日の勝ち負けはともかく、今後の練習に臨む強い動機付けになりますことを期待しております。

後ほど他の種目も含めて途中経過を報告する予定でおります。